Episode001
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 影が、揺らいでいた。

 そろそろ、地上では正午を知らせる鐘が鳴る頃だった。地上で、誰もが鐘の音を耳にしているとき、帝都郊内における地下通路に漂う人影があった。
 帝都とはその名の通り一国の皇帝が居る都のことで、重要拠点の一つである。まあ、重要とは言っても、皇帝が重要な人間であるというわけではなく場所が重要なだけなのだが。
 そんな帝都の地下通路を、ほとんど足音も立てずに疾走する人影は、闇へと溶け込むかのように漆黒の衣に身を包んでいた。
 この薄暗く死角の多い地下通路でソレを視認するのは、人には難しいだろう。

(この近くか……?)

 殺伐とした空気の中、太陽の光も届かない薄暗い地下通路に無機質な衝突音が響き渡り、鼓膜をわずかに震わせる。遠くから響いていたその剣戟は、すでに自身の近くまで迫ってきていた。
 剣戟を頼りに目的の位置へと駆けていると、突如、金属と地面の擦れ合う嫌な音が壁に反響してこちら側に届いた。咄嗟に近くの壁に張りつくようにして、姿勢を低く保ちつつ、腰にある得物に手を掛けて考えを巡らせていく。

「…………」

 息を殺してから数秒が過ぎ、額から顎にかけて生温い水が滴る。
 先程の不快な音は虚空に消え入り、周囲が何事もなかったかのように静まりかえった。
 そして、再度の剣戟。
 先程の音の原因は何かが突き飛ばされたか、吹き飛ばされたかしたためだろう。しかし、一体何が吹き飛ばされたかは、その音から金属であるということ以外には何も予想できない。
 ただ、前方の曲がり角から一際強い光が漏れているのが見えた。おそらく、光源は夜道のお供である発光魔術によって作り出されたものか松明だろう。
 そこまで確認し終えたとき、再度剣戟が響き渡った。
 素早く周囲の確認を終えるとともに、できるだけ足音を殺し早足で前へと進む。音は光が漏れてくる方向から響いてきており、それが何だったのかは、曲がり角に着いてからすぐに判明した。

(なるほど……)

 声には出さずに納得の言葉をあげる。
 予想していたことの一つではあったが、やはりこの通路の角を曲がったところで、交戦している二人――厳密に言うならば一人と一体――が居たのだ。
 何故こんな場所に自分以外の人間がいるのかは分からないが、そこには交戦しているという事実がある。迂闊に動くわけにはいかない。
 通路の奥からこちらに伸びている影は二つあり、片方は明らかに今回の依頼の討伐目標でドレッド≠ニ呼ばれる魔物のものだった。全長は三メートルほどで、逞しすぎるほどの筋肉が備わっており、研ぎ澄まされた爪は鈍い光を湛えている。

(やっぱりここに潜んでいやがったか)

 この魔物は、いつのまにか帝都にこそこそと潜り込んでいたらしく、巡回中の帝都騎士が何名か襲撃されたらしい。最初の犠牲者が出てから、すでに三日は経過している。

(まったく、これだから騎士団は嫌だね。もう少しフットワークを良くしないと手遅れに……)

 亡くなった騎士達には悪いが、騎士団というのは実に厄介だと思う。腕と志は認めるが、あまりにもフットワークが悪すぎる。
 本来なら今回のような依頼は出さず、帝都騎士団が素早くドレッドを排除するべきだった。
 しかし、帝都騎士団の偉い人物曰わく、都民の警護を強化してから云々ということで、ドレッドの討伐にあまり人員を割くことはできないとのことらしい。まあ、帝都を巡回する騎士が不自然なまでに増えるなどという事はなかったようだが、それは当たり前のことだ。
 都民が帝都内部に魔物が侵入したということを知ればどういうことになるかなど、少し考えてみればすぐに予想がつくだろう。だからこそ、出された依頼は極秘にしなければならないものだった。
 内容は『都民に魔物の侵入を悟られる前に素早くソレを排除しろ』という単純明快なものである。

(ふざけやがって…………お? もう片方の影は騎士か)

 帝都の頭がいかれたお偉方に悪態をつきながら二者の成り行きを傍観していると、先ほどまでドレッドの影に隠れて見えなかったもう片方が、騎士であるということが分かった。身に着けている甲冑などから推測するに、おそらくは帝都騎士だろう。これまでの間打ち合っていたということは、かなり腕は立つはずだ。
 初めは同業者かと思っていたが、思わぬ展開である。

(……いるじゃねぇか。帝都騎士にもフットワークの良い奴が)

 そう思ったが、様子からしてどうやら違うようだった。まず、騎士が一人で居ること自体がおかしいのだ。
 もし、ドレッドなどの比較的大型の魔物を討伐に来るならば、騎士は数人がかりで動くはずなである。帝都騎士に限って、わざわざたった一人で討伐に出向くなどという馬鹿はいない。
 気になることは多いが、とりあえずは現状を伺うしかなかった。いきなり飛び込んだところで、何の役にも立てないであろうことは理解しているし、ここでドレッドに逃げられては厄介なこと極まりないのだ。
 そうして、壁に凭れて騎士の動きを見ていると、なかなか面白いことが分かっってきた。まず一つに、先に述べた騎士は真正面からしか敵に向かっていかないのである。
 こうして見ている間にも、裂帛の気合いとともにまた真正面から切りかかっていった。
 魔物の討伐などを生業にしているこちらとしては、笑いを堪えるのが必至である。まあ、笑っていいような状況でもないのだろうが。

「せぇあッ!!」

 騎士が敵に振り下ろす剣は、しかし、決定的な一撃になることはなく、硬質な音を立ててドレッドの強靭な腕に弾かれるばかりである。先程から果敢に剣撃を放っているものの、甲高い摩擦音を響かせるだけで、敵の防御を断ち切ることができていない。
 ドレッドの腕はおそろしいまでに強靭で硬質なために、剣の刃などはいとも容易く防がれてしまうのである。だから、ドレッドに真っ向から立ち向かうのは無駄な行為となる。

(よろしくねぇな……)

 この騎士が強いのはさっきの一撃を見ただけでも分かるが、どうにも戦い方が真面目すぎる。対人戦では通用するのかもしれないが、魔物と対峙するとなればどう見ても不向きである。魔物は人間とは違うのだ。
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