Episode000
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 荒れ地に一人、男が立っている。
 男は騎士で、若いながらに隊長だった。部隊の者は自分を含めて50名、誰もが彼の指揮に従った。
 笑ったり、怒ったり、時には悲しみや悔しさに涙を流したその者たちは、今では誰一人として四肢を動かすことはなく足元に倒れている。
 多くの死者を出したにしてはあまりにも閑散としたその荒野で、彼は周囲に散らばる仲間のひとりひとりを回りながら涙を流し、そして、いつしか涙は枯れ果てた。


 焼野(やけの)で一人、男が空を仰いでいる。
 涙で怒りを洗い流してしまわないように、歯を食いしばり、拳を握りしめて空に立ち昇る煙を延々と見続ける。
 そうして消えゆく煙を見送り、地に目を向けると、かつて共に地を駆けた仲間達の亡骸が視界全体を覆い尽くした。
 しかし、冥福を祈る時間は既に過ぎ去っていた。
 彼は、一人一人の仲間のもとへ行き、彼らの剣を地に突き立てて回った。
 最後に自分の剣の切っ先を天に掲げた時には、もう、彼の双眸から涙が溢れることはなかった。


 少し前まで村だった場所で一人、女が頽れている。彼女もまた騎士で、隊長だった。
 周囲を、村人と仲間の亡骸――というよりは残骸と称するほうが正しい――に囲まれて、彼女は地に涙を吸わせ続けている。
 ――力が足りなかったわけではない。
 圧倒的なまでの数の暴力だった。
 ひとしきり泣いてから、彼女は周囲を見渡して涙で濡れた地に拳を叩きつけた。
 自分だけが生かされたことを怨みながらも、それが僥倖であることに変わりはなかったから、決心したのだ。必ず、仲間の無念を晴らしてみせると。
 ……あの魔人だけは必ず殺すと。


 帝都とその外を区切る帝都城門の下で一人、巨大な剣を地に突き立てて直立する男が居る。
 周囲には、彼を中心として円を描くように息絶えた彼の部隊の者達の亡骸が転がっており、彼を守ろうとしたことが見て取れる。
 だが、それは彼が「守れ」と命令した結果などではなかった。
 むしろ、不測の事態に陥ったのだと理解したとき、彼は仲間には撤退を命じた。しかし、仲間は断じて命令には従うことをせず、すぐさまに彼を囲うように陣形を組み上げたのだ。
 そうして守られた彼が今見ているものは、過去の風景だった。彼の命を、文字通り命を賭して守り抜いた仲間との懐かしい記憶。
 門を抜ける風が彼を撫でるように通り過ぎたとき、彼は目を閉じて仲間の名前を一人ずつ呼びながら彼らの魂の安らぎを願い続けた。


 帝都郊外の一画で一人、壁に凭れて座る男が居る。この男も騎士で隊長だ。
 今回の異変にいち早く気づき、その一画へと避難を呼び掛けに行ったのは彼である。
 しかし、間に合わなかった。
 都民が避難に移ることはできたものの、魔物の侵攻は凄まじく、いつしか、周囲を見回しても動く者は自分を除いていなくなっていた。
 魔物達は、必死に侵攻を止めようとする彼を完全に無視して、まず周囲に居た彼の仲間を全員殺したあとで都民を殺していったのだ。
 荒れ狂う魔物の波の中で彼が感じていたのは、おそらく、無力感と言えるものだったろう。
 そして、いつの間にか静かになってしまった周囲を見渡してから、彼は空を見上げるようにして壁に凭れて座った。
 空はあんなにも晴れていたのに通り雨でも降ってきたのかと思いながら、脱力した腕に落ちる熱い雨粒とぼやける視界をごまかすように目を閉じた。


 帝都郊内では多くの人が生き残った。それゆえに混乱も大きい。
 不安と恐怖を心に抱いて路頭をさ迷う人々を先導するのは、帝都騎士団に所属する多くの騎士とその各隊長だった。
 彼らとて、周囲で泣き叫ぶ人間のように家族がいる。すぐに安否の確認に走りたいのを堪えながら、混乱の終息を急がせる。家族や仲間、最愛の者が生きているのを信じながら。


 その日は、嫌になるほど快晴だった。
 しかし、やがて分厚い雲が陽光を遮り、ついには各地で濃い影が彼らを覆った。
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